東京高等裁判所 昭和33年(う)1291号 判決 1959年2月26日
控訴人 被告人 荻原俊助 外一名
弁護人 篠原陸朗 外一名
検察官 沢田隆義
主文
本件各控訴を棄却する。
被告人両名に対し、未決勾留日数中当審における各百八十日をそれぞれ原判決の本刑に算入する。
当審証人内海力弥太に支給した訴訟費用は被告人荻原俊助の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、被告人荻原俊助の弁護人篠原陸朗、被告人桜忠一並びに同被告人弁護人深沢勝各提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対し次のように判断する。
篠原弁護人の控訴の趣意について。
所論は、被告人荻原俊助の本件所為につき共謀共同正犯の責任を負わしめることのできないことは原判決説示のとおりであるのみならず、相被告人桜忠一、原審相被告人内海力弥太、同阿部伸義の判示所為が被告人荻原の教唆に基くものであると認定すべき証拠は皆無であるから、同被告人に教唆犯の責任を問うた原判決には事実誤認の違法があると主張する。よつて原判示事実を原判決挙示の証拠と対照し、且つ記録に現われた爾余の証拠並びに当審における事実の取調の結果を参酌し、原判決の事実認定の当否につき勘案するに、被告人荻原と前記桜、内海、阿部との間には、判示の日時判示山崎飯場に至る前、判示三浦飯場を出発するに際し既に喧嘩闘争についての共謀関係が成立していたものと認めるのが相当である。すなわち、原判決援用の被告人荻原の司法警察員並びに検察官に対する各供述調書の記載、桜忠一、阿部伸義の原審公廷における各供述、内海国夫、黒川順進、三浦いと子、佐藤実の検察官に対する各供述調書の記載、押収にかかる出刄庖丁(当裁判所昭和三三年押第四七二号の三)の存在を総合考察すれば、被告人荻原は、原判示のような経過で判示日時判示三浦飯場を訪ね飲酒中、判示大竹某の従来及び当夜の言動を想い合せ、同人が同夜判示山崎飯場の自己等宿舎附近を徘徊しているとの情報に基き、いよいよ同人が右宿舎に殴り込みをかけて来るかも知れないと考え、酒の勢もあつて俄に興奮し、寧ろ大竹が押しかけた機に乗じて同人に暴行を加え従来のうつ憤をはらそうと決意するに至り、同行の輩下佐藤実の面前において三浦いと子に対しその決意を表明し、同女から慰撫されたがこれに耳を藉さず、折からかつて自己の輩下として働いたことのある三浦飯場所属の桜忠一、阿部伸義等が仕事現場から同飯場に帰着し酒を飲みはじめたので同人等に酒を振舞いながら、「大工の野郎今晩はどうでも片付けてやろう」「今晩はこれから帰つて大工のやつをがたくつてやるんだ」等と口走り、右決意をもらしたところ、桜と阿部は従来大工の乱暴な仕打ちについて再三聞き及んでおり、又被告人荻原に対する義理もあり、更に酒の勢も手伝つて、即座に、「よし上等だ、やろう、おやじに手出しさせないで俺達でやつちやおう」と答えて被告人荻原の前記の如き喧嘩闘争の企図に同調し、右桜及び阿部において、附近に居た内海力弥太、四海国夫黒川順進に直接又は間接にその旨を告げて右企図に参加方勧誘をなした結果、同人等も「俺も行く」「俺も行く」と相次いで前記企図に賛成するに至り、結局、被告人荻原は、「それでは一緒に来い」と云つて、桜等五名を随伴しタクシ二台に分乗して山崎飯場に赴いたが、その際桜が喧嘩闘争に備えて本件兇器たる出刄庖丁を携行したことを認めることができ、右の如き三浦飯場における被告人荻原等相互の言動、その場の雰囲気、被告人荻原が桜等の前記の如き大工との喧嘩闘争の企図に対する相当強い協力意思の表明を充分承知しながら、同人等をタクシーで山崎飯場に同行するに至つた前後の情況等に徴すれば、桜及び阿部は、判示三浦飯場において、被告人荻原より大工に対する喧嘩闘争について同被告人の決意を告げられるや直ちにこれに応じ、同被告人と協力し、場合によつては同被告人の手を煩わすまでもなく同人等のみによつても、大工に対し殴り込みをかけようと決意し、内海力弥太等も相次いでこれに同調し、被告人荻原は結局において右桜等の協力申入を容れ、同人等の協力加勢を得て自己の前記決意を実現せんとする意思の下に三浦飯場を出発したものと認めることができる。更に原判決援用の大橋成男、大橋恭子、諸沢俊子の検察官に対する各供述調書の記載によつて認められるように、被告人荻原が桜等を同行して山崎飯場に帰着するや、直ちに、大工の宿舎である同飯場第一号宿舎で食事の世話をしている大橋成男の居室に立寄り、右大橋及びその妻等に対し「今夜は大工のやつらをがたくつてやるんだ」「何時も大工にやられているので今晩はばらしやの威勢のよいところを見せてやるんだ」等と申向けていること、又同援用の古和征幸の検察官に対する供述調書によつて認められる如く、被告人荻原が山崎飯場の居室に帰つた直後「大竹の野郎今日でもう四度目だ、もうこれ以上勘弁できない勘忍袋の緒が切れた」と口走り、同被告人の妻に対し「今晩は相当荒れるからお前は子供を連れて月島の親方のところへ行け」と話し、更に桜等の犯行直前と覚しき頃「今皆んな大工の部屋に殴り込みをかけに行つた」と口走つていたことによつても前記共謀の事実を裏付け得るのである。原判決説示の如く、三浦飯場において喧嘩闘争についての方法や相手方の特定について具体的な話がなかつたからといつて、前記認定を妨げるものではない。又原判決は前記引用の被告人荻原の司法警察員に対する供述調書中に、前記認定の如く、桜及び阿部が「よし上等だやろう、おやじに手出しさせないで俺達でやつちやおう」といつたのに対し、同被告人が「いや皆も来てもよいが、向うが暴れない限り下手な手出しをするな、とにかく俺が片附けるから」といつたとの記載部分があることを指摘し、右は桜等の協力を制止したもので、同被告人はあくまで自分一人で大竹大工と闘争する決意をしていたことを窺知し得るのみであると説示して前示共謀の成立を排斥しているが、原判決が制止行為であると認めている右言辞は同被告人内海国夫、黒川順進の検察官に対する各供述調書の記載並びに桜及び阿部の原審公廷における各供述にはその片鱗をも見出し得ないこと並びに前記の如く同被告人が桜等を山崎飯場に同行している事実に徴し、右言辞に関する供述記載はたやすく措信し難いのみならず、たとえ同被告人が右の如き言辞を以て桜等に答えた事実があつたとしても、これのみによつて制止行為であると断定することは速断のそしりを免れ難く、当時のその場の雰囲気を参酌し、且つ前記の如き同被告人が桜等を山崎飯場に同行した前後の情況に徴すれば右言辞を以て同被告人が桜等の大工に対する殴り込み行為を真実制止し、あくまで同被告人単独で大竹大工と闘争せんとする意思を表現したものとは到底認められない。更に原判決指摘の内海力弥太の検察官に対する供述調書は、記録によれば、被告人荻原に対する関係において証拠能力を有しないものであるが、原判決が同人の難聴等を理由としてその信憑性を否定しているのは、当審における同人の尋問の結果に徴し、その根拠薄弱であるといわざるを得ない。そこで進んで山崎飯場第二号宿舎人夫部屋内の状況について考察するに、被告人荻原、内海国夫、黒川順進の検察官に対する各供述調書の記載、阿部伸義、内海力弥太の原審公廷における各供述によれば、被告人荻原は右人夫部屋で桜等に酒を振舞いながら、「大工のやつは今いないからも少し待て、いずれやつてくるだろうが、こちらから先に手を出すな、相手がやつたらやつちまえ」との趣旨を申向けたことを認めることができる。原判決は、右言辞を以て被告人荻原の教唆行為と認定するのであるが、叙上のように、既に共謀が認められる以上、ここに教唆成立の余地はないものというべく、なお、前記証拠によるその間の経過に照せば、右言辞は被告人荻原、桜等が右川崎飯場で飲酒中、前記共謀に基く荻原、桜等の犯意が継続している段階において、桜が「大工はどこだ」等と口走り、大工の誰彼を構わず殴り込みをかける気配を示したので、被告人荻原において、喧嘩の相手はその内押しかけて来る大竹大工のみであることを明らかにし、他の大工と喧嘩になることを防止する趣旨で発言したものであつて、目標人物が大竹であること並びに攻撃の方法が受けて起つものであることを指示したに過ぎないと認めるのを相当とする。弁護人は、前記被告人荻原の言辞を以て、同被告人において桜等を制止したものと解した上、桜等は右制止を無視して本件犯行に及んだものであり、又相手方の殴り込みに対し受けて起つという犯罪性を有しない正当防衛行為を意図したものに過ぎないから、本件につき刑責を負う筋合ではないと主張するので、更にこの点について審究するに、被告人荻原の前記言辞を以て、所論のように、制止行為であると認め難いことは叙上の説示により明らかであるのみならず、右桜等が酒の勢にかられて興奮し、被告人荻原の前記攻撃方法並びに目標人物に関する指示をわきまえず前記共謀に基く犯意の実現を意図して、判示のように、あえて先制攻撃をなし、しかも大竹大工とは別人の石川正司に暴行を加え、よつて同人を死に致したこと、被告人荻原としては直接右実行行為に加担しなかつたことは、前掲証拠によつて認め得るところであるが、前記の如く桜等において、被告人荻原との共謀に基き本件暴行に及んだことを認め得る以上、たとえ桜等が同被告人の前記指示をわきまえず、これと異る方法により又異る人物に対し攻撃を加えたとしてもこれは方法及び客体の錯誤の場合に該当し、共謀共同正犯として直接実行行為に加担しなかつたというに過ぎず、被告人荻原の刑責に消長を及ぼすものではなく、又傷害致死が結果的加重犯であることに鑑みれば、本件暴行により致死の結果を生じた以上、被告人荻原として右致死の結果につき責任を負うべきは当然である。更に、本件のように、喧嘩闘争を企図して相手方の出現攻撃を待ちこれに反撃を加えようとする場合、予想し得る相手方の攻撃を以て急迫不正の侵害と解し難いことは論をまたないから、同被告人の前記企図を以て正当防衛行為を企てたもので犯罪性を有しないとする所論も採用するに値しない。
上来説明したところを要するに、弁護人の控訴趣意は、本件石川正司に対する相被告人桜等三名の傷害致死の所為が被告人荻原との関連なく犯されたものであるとの主張を前提としたものであつて、その所論の理由がないことは勿論、その他の論旨も採用するに由なく、却つて職権を以て調査すると、右傷害致死の所為は、起訴状記載のように、被告人荻原が右桜、原審相被告人内海及び同阿部等との共謀によるものであり、この点において、原判決には事実の誤認がある。しかしながら、被告人荻原が、右所為につき教唆犯としての罪責を負うか、共同正犯としての罪責を負うかは、教唆犯は正犯に準ずとの刑法の規定に照し、法定刑において異なるところがないばかりでなく、前に詳述したような本件犯行の経過、態様及びその間の被告人等の言動は殆んど原判決の認めるところであつて、ただその過程中の一部言動に対する社会的又は法律的評価乃至判断の相異により前記誤認を来したに過ぎず、従つて被告人荻原に対する量刑においても特に相異を来すべきものとは認められないから右事実の誤認は判決に影響を及ぼすこと明らかなものということはできない。弁護人の論旨は、結局において、理由なきことに帰する。
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 谷中董 判事 坂間孝司 判事 司波実)
弁護人篠原陸朗の控訴趣意
第一、荻原俊助外三名に対する傷害致死事件に対する検察側の見解即ち共謀共同正犯なりとの主張について原審裁判所が「一心同体となつて行動する意思なかりし」とする判示は正当なりと信ずる。
第二、原判決の理由欄(罪となるべき事実)「いづれやつてくるだらうからこちらから先に手を出すな相手がやつたらやつちまえ」と申し向けて教唆し………右大工と喧嘩斗争しようと共謀するに至つた」と言ふて居るが、犯罪の教唆となるには其の内容が犯罪を構成する場合でなければならない。今荻原の速記録三三七頁以下三三九頁、三四二頁、三四五頁まで自己一人の単独行動にて大竹大工の殴込みに対し、受けて起つの態度を以てすること分明なり、寧しろ防衛行為に出でたるものである。彼等の口調が「遣つ付ける」とか部分的言辞にて全貌を律することは甚だ不適当にて内海被告、阿部被告の速記録にも「先方が手を出さぬ裡は遣るなと云ふことは聞いて居ります」(三七二頁)荻原から示唆を受けたことはないと言うて居ります(三七三頁)。(一)相手方の殴り込みに対し受けて起つと云ふことは犯罪性を有しない普通の防衛手段にて喧嘩をしかけられればかぶる笠はないと云ふことは此の種の徒輩のいつわらざる情操である。俺が一人で遣ると云うことは一緒に遣つて呉れと云ふこととは両立し得ない事態である。(二)桜、内海、阿部三者は大竹大工等に対して共通悪感情を有して居つたから寧しろ雷同的同調行為に出でたるものにて、酒の御馳走の余威を駆つて殴り込みを教唆したりと主張することは証拠の不充分なることを感ずる。按ずるに荻原の大竹大工に対する行動は、罪とならざる防衛行為にて「之に便乗してうつ憤を晴らす」等と断ずることは許されない。「此方より手を出すな」とか「受けて起つ」と云ふことは罪とならない内容と解すべきである。桜外二氏の行動は感違ひの同調行為にて二の事件である。其の関聯性が教唆であるとすることは推理的議題とはならんも証拠認定は皆無なりと謂はなくてはならない。
(その他の控訴趣意省略する。)